和歌と俳句

上村占魚

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星見れば星にはかなき時雨あと

木枯や消しのこしある厩の灯

木枯やそれぞれ似たる馬の顔

なぐられて枯木の中に泣けもせず

一つ二つ谷のともしや夕時雨

小わつぱのちさき争ひ空つ風

枯草に蹄鉄工の火花散る

白魚汁明日の船出の泊りかな

北風荒ぶ赤い帽子の児と船に

雪の日をとある宿場に酒のんで

冴ゆる夜や乾び反りたる魚の鰭

山の北残雪のある天気かな

火葬場の煙ひとすじ雪の山

瓦焼く火口に雪の舞ひ消ゆる

石の中巧にぬけて野火走る

草の骨野焼のあとに焦げながら

はぐれ鳥梅咲く風の寒むからめ

春宵の障子にひゞく水の音

雲雀なく越の山風ふきはるゝ

暖かや鷄の餌に煮る魚のわた

本あまた銭とかへたる春夜かな

春惜しむ語らぬ山の大いなる

行く春のなにごともなき住ゐかな

椎若葉土焼いてゐる山の平

明日は立つ里の新茶の香になごむ

麦秋や光なき海平らけく

伴天連を伝へし島の朧かな

蜘の子の昼をさがれる湯殿かな

柿の花ころがりて来し二つかな

老鶯や下れば山の向きかはる

ほとゝぎす死に近づける面たひら

河童忌に田端の酒をすゝりけり

蒲の穂に河童出て寝る月夜かな

河童の子河童の親の忌日かな

雲高う照る海に来し夏座敷

大南風潮にもまるゝ岬かな

遠花火つれの一人は女なる

山ひこの足もとめぐる涼しさよ

紙をたつ薄刃さばける夜寒かな

地鳴りして火を噴く山の野分かな

冷やかに千曲の川の石の肌

長き夜の柱につるす狐面

秋茄子の残る二つをもぎにけり

秋風や瀬々おとろへし川の果

月に踊る中にはいれば輪となりぬ

間借りして隣はひとり冬ごもり

母ならぬ人のやさしき火鉢かな

甘党の中にまじりて漱石忌