千載集・冬
きのふこそ 秋は暮れしが いつのまに 岩間の水の うすこほるらむ
緑なる 端山の色や 変はりぬる いやしき降れる 初時雨かな
ゆふこりの はだれ霜ふる 冬の夜は 鴨の上毛も いかに冴ゆらむ
玉笹に 霰たばしる 冬の夜は いとしぞ冴ゆる とふの菅菰
続後撰集・冬
ますらをが こさかの道も 跡絶えて 雪ふりにけり ころもかせ山
霜枯れの 野辺のほとりの しをれ葦は ゆきかふ駒も すさべざけり
志賀の浦の 松吹く風の さびしきに ゆふなみ千鳥 たちゐ鳴くなり
ますらをが もふしつかふな ふしづけし かひやが下も こほりしにけり
朝戸あけて ひとり影みる 池水に いかなる鳥の 群れてゐるらむ
もののふの 年の夜をも 知らぬかな 網代に氷魚や かぞへざるらむ
あまとづる 神のこころを とる今日や 庭火の煙 雲と見ゆらむ
かりくらし うは毛の雪を はらはねば 白斑の鷹と 人や見るらむ
年を経て つまき樵りくべ 炭竃に 煙も絶えぬ 大原の里
埋火の 下に焦がるる かひなしや 消えも消えずも 人の知らねば
明日よりは 春の初めと 祝ふべし 今日ばかりこそ 今年なりけれ
真菅よき 笠のかりての わさ蓑を うち着てのみや 恋ひわたるべき
おしねもる 山田の畔に おく貝の 下こがれする 身とは知らずや
千載集・恋
おもひあまり 人に問はばや 水無瀬川 掬ばぬ水に 袖は濡るやと
八とせまで 錦の紐を 結ばせて 今日ぞはじめて 心解けぬる
なぐさむる かたこそなけれ あづさゆみ 帰る程なき 今朝の恋ひしさ
待ちわびぬ かりにもこかし 葦の穂の しのにおしなひ つゆも寝られず
みやこにて かれにし人も にはとりの ひなの空には 恋ひしかりけり
千載集・恋
ひとりぬる われにて知りぬ 池水に つがはぬをしの 思ふ心を
とはねども 君をぞ頼む 鳰鳥の 葦間のかひこ かへるかへるも
うしとのみ 人の心を みしまえの 入り江の真菰 さぞ乱るらむ