和歌と俳句

藤原定家

建久五年夏左大将家歌合
うつりにきわが心からみしま江の入江の月の飽かぬおもかげ

建久六年二月左大将家五首
思ひ寝はたが心にて見えねども夢にぞいとど浮かれはてぬる

建久七年 内大臣殿にて
神なびの三室の山の山風のつてにもとはぬ人ぞ恋しき

魂の入りにし袖のにほひゆゑさもあらぬ花の色ぞかなしき

奥も見ぬしのぶの山に道とへばわが涙のみ先にたつかな

藻塩たれ須磨の浦波たちなれし人のたもとやかくは濡れけん

飛騨匠うつ墨縄を心にてなほとにかくに君をこそ思へ

中納言長方卿」五首歌よませ侍りし中に
それとだに忘れやすらむ今さらにかよふ心は夢に見ゆとも

正治元年冬 左大臣家冬十首歌合
あらたまの年の暮待つ大空はくもるばかりのなぐさめもなし

住吉歌合
やどりせしかりいほの萩の露ばかり消えなで袖の色に恋ひつつ

心をばつらきものとて別れにし世々のおもかげなに慕ふらん

仁和寺宮花五首
花のごと人の心のつねならばうつろふのちもかげは見てまし

正治二年二月左大臣家歌合
宵ながら雲のいづらと惜しまれし月をながしと恋ひつつそ寝る

建仁元年三月尽歌合
人心ほどは雲ゐの月ばかり忘れぬ袖の涙とふらん

建仁二年三月
たのむ夜の木のまの月もうつろひぬ心の秋の色を恨みて

建仁二年六月
春や疾きとばかりききし鶯の初音をわれとけふやながめむ

夏草のまじるしげみに消えね露おきとめて人の色もこそ見れ

わが中は浮田のみしめかけかへていくたび朽ちぬ杜の下葉も

おなじ年九月十三夜 水無瀬殿恋十五首歌合に
忘ればや花にたちまよふ春霞それかとばかり見えしあけぼの

ほととぎす空につたへよ恋ひわびて啼くや五月のあやめわかずと

今宵しも月やはあらぬおほかたの秋はならひを人ぞつれなき

床の霜枕の氷きえわびぬむすびもおかぬ人の契りに(新古今集

おもかげも待つ夜むなしき別れにてつれなく見ゆるありあけの空

ながめつつ待たばと思ふ雲の色をたが夕ぐれと君たのむらん

君ならぬ木の葉もつらし旅衣はらひもあへず露こぼれつつ

風ふけばさもあらぬ峰の松も憂し恋せん人はみやこにを住め

つれなきを待つとせしまの春の草かれぬ心のふるさとの霜

忘れぬは波路の月のうれへつつ身をうしまどにとまる舟人

須磨の浦や波にもかげたちそひて関吹きこゆる風ぞかなしき

別れのみをじまの海人の袖ぬれてまたはみるめをいつかかるべき

名取川わたればつらし朽ちはつる袖のためしの瀬々のむもれ木

ゆくへなき宿はととへば涙のみ佐野のわたりのむらさめの空

しろたへの袖の別れに露おちて身にしむ色の秋風ぞ吹く(新古今集

元久元年宇治御幸
待つ人の山路の月も遠ければ里の名つらき片しきの床

建永元年七月
むせぶとも知らじな心かはらやに我のみ消たぬ下のけぶりは(新古今集

承元二年閏四月四日
とひこかしまだおなじ世の月を見てかかる命にのこる契りを

承元四年九月粟田宮歌合
やどりこし袂は夢かとばかかりにあらば逢ふ世のよその月かげ

三宮十五首
露しぐれ下草かけてもる山の色かずならぬ袖を見せばや

おほかたは忘れはつとも忘るなよありあけの月のありしひとこと

ならふなと我もいさめしうたたねをなほものおもふ折は恋ひつつ

建暦三年三月内裏
やどりせぬくらぶの山を恨みつつはかなの春の夢の枕や

契りのみいとどかりばの楢柴は絶えぬ思ひの色ぞまされる

影をだに逢ふ瀬にむすべ思ひ川うかぶみなわの消なば消ぬと

建暦三年九月十三夜内裏歌合
おどめおきし袖の中にやたまくしげ二見の浦は夢もむすばず

建保四年閏六月内裏歌合
逢ふことはしのぶの衣あはれなど稀なる色にみだれそめけん(新勅撰集

こぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ(新勅撰集

九月十三夜内裏
人心うき波たつる由良の門の明けぬ暮れぬとねをのみぞなく

建保四年内にて
難波なる身をつくしてえのかひもなし短き葦のひとよばかりは

建保五年四月庚申
恋ひ死なぬ身のおこたりぞ年へぬるあらば逢ふよの心づよさに

建保右大臣家六首歌合
露ぞおく井手の下帯さばかりもむすばぬ野辺の草のゆかりに

涙せく宿も端山にかくろへてあらはに恋ふる夕ぐれぞなき

承久二年八月 土御門院よりしのびて召されし
秋の夜の鳥の初音はつれなくてなくなく見えし夢ぞみじかき

こぐ舟の風にまかするまほだにぞそこと教へぬあふの松原

小塩山千代のみどりの名をだにもそれとはいはぬ暮ぞ久しき

いとどまたあまる思ひは燃えつきぬ袖の蛍のひかり見えても

たづぬともかさなる関に月こえて逢ふをかぎりの道やまどはむ

うつせみの端山もりくる夕日かげうすくや人とねをのみぞ泣く

貞永元年七月大殿歌合 恋十首
秋草の露わけ衣おきもせず寝もせぬ袖はほすひまもなし

ゆく水の花のかがみの影も憂しあだなる色のうつりやすさは

狩人のひくやゆずゑのよるさへやたゆまぬ関のもるにまどはむ

緒を絶えしかざしの玉と見ゆばかり君にくだくる袖の白露

忘れずよ三とせののちの新枕さだむばかりの月日なりとも

いかにせんうへはつれなき下帯の別れし道にめぐりあはずは

夏ひきのいともしも馴れし面影は絶えてみじかきのちぞかなしき

東野の露のかりねの萱むしろ見ゆらん消えてしきしのぶとは

しろたへの袖のうら波よるよるはもろこし舟やこぎわかるらん

人心あだなる名のみたつ鴫の網のゆくてになどかかるらん