和歌と俳句

山口誓子

遠星

子が走せて帰る五月の昼の路次

うなゐ髪五月の風に吹き分れ

煙立つ墓原ありて野は五月

鳶の羽の松に懸れる五月かな

うつすらとからかみ青き五月かな

歳時記を愛して夏に入りゆけり

アカシヤのもとに梢の花も落つ

花咲きて落つアカシヤの樹のまはり

眼正しくの穂立ちの中進む

機関区を過ぎ来し道が麦の道

麦秋や葉書一枚野を流る

麦秋や軌道茜にいろづきて

野路行けば戻りつぐなり麦車

麦車光る馬鍬をのせゆけり

麦扱きや娘ひとりが箕をかざす

麦埃軟らかくして道に踏む

夢といふ一字揚げし炉の名残

年どしの一笊の梅岩に干す

子の弄る蟹をことしの見はじめに

わが影の身を起したる蚊帳の裡

早乙女の裾を下して羞ぢらへり

樹を攀づる蟹や鋏を携へて

歩を進めがたしや天地夕焼け