皇太后宮大夫俊成
年暮れし涙のつらら解けにけり苔の袖にも春やたつらむ
藤原有家朝臣
山かげやさらでは庭に跡もなし春ぞ来にける雪のむらぎえ
一条左大臣源雅信
あはれなりむかしの人を思ふには昨日の野辺に御幸せましや
御返し 円融院御歌
引きかへて野辺の気色は見えしかど昔を恋ふる松はなかりき
大僧正行尊
春来れば袖の氷も解けにけり漏り来る月のやどるばかりに
菅贈太政大臣
谷深み春のひかりのおそければ雪につつめるうぐひすの声
菅贈太政大臣
降る雪に色まどはせる梅の花うぐひすのみやわきてしのばむ
貞信公藤原忠平
遅くとくつひに咲きぬる梅の花たが植ゑ置きし種にかあるらむ
源公忠朝臣
ももしきにかはらぬものは梅の花折りてかざせる匂なりけり
花山院御歌
色香をば思ひも入れず梅の花常ならぬ世によそへてぞ見る
大貮三位
梅の花なに匂ふらむ見る人の色をも香をもわすれぬる世に
東三条入道前摂政太政大臣道長
春霞たなびきわたる折にこそかかる山辺はかひもありけれ
御返し 円融院御歌
紫の雲にもあらで春がすみたなびく山のかひはなにぞも
菅贈太政大臣
道の辺の朽木の柳春来ればあはれむかしとしのばれぞする
清原深養父
昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな
円融院御歌
垣越しに見るあだびとの家櫻はな散るばかり行きて折らばや
御返事 左大将朝光
をりにことおもひやすらむ花櫻ありし行幸の春を恋ひつつ
返事 二条関白内大臣藤原師通
枝ごとの末まで匂ふ花なれば散るもみゆきと見ゆるなるらむ
藤原定家朝臣
春を経てみゆきに馴るる花の蔭ふりゆく身をもあはれとや思ふ
藤原雅経朝臣
馴れ馴れて見しはなごりの春ぞともなどしらかはの花の下蔭
よみ人しらず
ふるさととおもひな果てそ花桜かかるみゆきに逢ふ世ありけり
源師光
いさやまた月日の行くも知らぬ身は花の春とも今日こそは見れ
和泉式部
をる人のそれなるからにあぢきなく見しわが宿の花の香ぞする
藤原高光
見てもまたまたも見まくのほしかりし花のさかりは過ぎやしぬらむ
堀河左大臣藤原顕光
老いにける白髪も花も諸ともに今日のみゆきに雪と見えけり
大納言忠家
さくらばな折りてみしにも変らぬに散らぬばかりぞしるしなりける
大納言経信
さもあらばあれ暮れ行く春も雲の上に散ること知らぬ花し匂はば
大納言忠教
さくらばな過ぎゆく春の友とてや風のおとせぬ夜にも散るらむ
鳥羽院御歌
惜しめども常ならぬ世の花なれば今はこのみを西にもとめむ
皇太后宮大夫俊成
今はわれ吉野の山の花をこそ宿のものとも見るべかりけれ
俊成
春来れば猶この世こそしのばるれいつかはかかる花を見るべき
俊成
照る月も雲のよそにぞ行きめぐる花ぞこの世の光なりける