君がため今年の秋はなければや野へやるべくもあらずといふらむ
名にしおへば曇らざりけり鏡山うへこそ夏のかげにみえけれ
おほゐかはそまに秋風さむければ立ついは波も雪とこそみれ
満つ潮ものぼりかねてぞかへるらし名にさへたかき天の橋立
八十島をまことにいかで見てしがな春のいたらぬ浦はあるやと
拾遺集・雑恋
さだめなき人の心にくらぶればただうきしまは名のみなりけり
うちよする波と尾上の松風とこゑたかさごやいづれなるらむ
春くれば田子の浦波うらよくていでまさりけり田子の浦波
伊勢のあまととひはきかねど大淀の濱のみるめはしるくぞありける
ゆきかよふ舟路はあれどしかすがの渡りはあともなくぞありける
ときしまれをしかのはしを秋ゆけばあづまをさへぞこひわたるべき
思ひわびおのがふねふねゆくをふね田子の浦みてきぬといはすな
君ははやひとなみなみにいでたちてしづみにしづむわれにあふなよ
神のますやまたの原のつるのこはかへるよりこそ千代はかぞへめ
わたつみのうきたる島をおふよりは動きなき世ぞいただけやかめ
新古今集・雑歌
おいにける渚の松の深緑しづめるかげをよそにやは見る
ふかみどり松にもあらぬあさあけの衣さへなどしづみそめけむ
小松ひく人にはつけしふかみどり小高きかげぞよそはまされる
あさこほりふきとく風は寒けれどいそぎて梅ははやさきにけり
拾遺集・雑春
梅が枝をかりにきてをる人やあると野辺の霞はたちかくすらむ
鶯はわきてくれども青柳の糸は桜にみだれあひにけり
山吹の花のした水さかねどもみなくちなしとかげぞ見えける
川風はさへむかたなく山吹の散りゆく水をせきやとめまし
住の江の岸の松こそ思ほゆれ身にさへかかる藤なみの花
松風の音にききつる藤なみはをりつつかへる名にこそありけれ