後拾遺集
御田守けふは五月になりにけり急げや早苗老いもこそすれ
下り立ちて忍びに淀の真菰刈るあなかま知らぬ人の聞くがに
鷺立てる五月の澤のあやめ草よそめは人の引くかよぞ見る
名にし負へば頼まれぞする我恋ふる人にあふちの花咲にけり
菖蒲引くしづのさはかまぬれぬれも時にあふとぞ思べらなる
瓜植ゑし狛野の原の御園生もしげくなりゆく夏にもあるかな
浅茅おふるをのの篠原草深みとらのよどのをたれか知るべき
金葉集・夏
杣川の筏の床の浮き枕夏は涼しきふしどなりけり
とけてすら寝るほどもなき五月雨にねざめがちにて明す頃かな
入日さしなく空蝉の声聞けば露の我身ぞわびしかりける
山がつのはてに刈りほす麦の穂のくだけて物を思ふころかな
わが撒きしあさの生ふねもけふ見れば千枝に分れて蔭ぞ涼しき
大原やせが井のみ草かきわけて下りや立たまし涼みがてらに
おだまきりかけて手引きし絲よりも長しや夏の暮るる待つまは
のどかにて涼しかりけり夏の日も思ひあつかふことのなき身は
かりにても思へばこそは夏草の繁れるなかを分けつつも来れ
蝉の羽の薄らごろもになりにしを妹と寝る夜の間遠なるかな
詞花集・恋
来たりとも寝るまもあらじ夏の夜の有明月も傾きにけり
かげをけみ夏の夜すがら照る月の天の門渡る舟かとぞおもふ
わがせこがきませりつるか見ぬほどに庭の草葉もかたまよひせり
小山田の水絶えしより天にます岩戸の神をねがぬ日ぞなき
ささら波立つ山がはは浅けれど深くなりゆく夏にもあるかな
庭潦流れて人や見え来ると曇ればたのむ夏の夕暮
あかねさす岩戸の山も見えぬべく目をきはめても照れる夏かな
花散りし春の嵐を惜しみをきて夏の日和に吹かせてしがな
かはにおふるあさぢが花をはやしけん昔の人ぞ見ねど恋しき
焦るれど煙も見えず夏のひは夜ぞ蛍は燃ゑまさりける
ひまもなくものおもひつめる宿なれどするわざなしに夏ぞ涼しき
上そよぐ竹の葉なみのかた寄るをみるにつけてぞ夏は涼しき
手もたゆく扇の風のぬるければ関の清水にみなれてぞゆく