詞花集・冬
なに事もゆきて祈らむと思ひしを神無月にもなりにけるかな
時雨つつ人めまれなるわが宿を木の葉の音もたれぞと思
煙絶へものさびしかる家の庭人こそ見えね冬は来にけり
野飼せし小笹が原も枯れにけりいまはわが駒草につけてん
しぐれればまづぞ悲しき我宿のねやの板間のあふ夜なければ
白露のこほらば玉と手に取りて貫かぬまでにも置きて見ましを
かまびすくすだしき蟲も声やみていまは嵐の音ぞはげしき
風寒み妻恋ふなりし鹿の音をなどわが上と思はざりけん
吹き散らす冬のあらしぞうらめしき木の葉を衣と頼む山人
人づてに寒しと聞きし風の音をわがうたた寝に聞きならしつる
ひとり寝る風の寒さに神無月しぐれふりにし妹ぞ恋しき
詞花集・冬
外山なる柴の立ち枝に吹く風の音聞く時ぞ冬はものうき
三室山木の葉散りにしあしたよりあばらに見ゆるよもの玉垣
川上や笠置の岩屋けを寒み苔を莚と馴らすうばそく
ねらひする冬の猟人待ちかねてをのが心と寒きめぞみる
故郷の道は草葉も枯れにけりことでし人はたわれすらしも
岩戸山よにあけがたき冬の夜の天の関守たれか据ゑけん
夏衣ありしながらに冬の夜のさなとし寝なば寒からんやぞ
冬来れば下り立つ人もなかりけりありしにまさる水の上の綾
柴たきていほりに煙立ちみちて晴れずもの思冬の山里
寒からで寝ざめずしあらば冬の夜の我待つ人は来ずはそをなど
乱れつつ絶えなば悲し冬の夜のわがひとり寝る玉の緒弱み
金葉集・冬
藤生野に柴刈る民の手もたゆくつかねもやらず風の寒さに
寒しとて道はやすらふ程こそあれ妹がりとだに思ひ立ちなば
住む閨も木の葉隠れにせしわざも冬来てのちぞあらはれにける
蘆の葉の散りにし日より難波江に通ふしなさをしして見えつつ
かささぎのちがふる橋の間遠にてへだつるなかに霜や置くらん