和歌と俳句

正岡子規

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名月はどこでながめん草枕

人力のほろ吹きちぎる野分

真帆片帆瀬戸に重なる月夜

名月や人の命の五十年

西行はどこで歌よむけふの月

名月にうなづきあふや稲の花

名月の道に茶碗のかげ白し

鐵橋や横すぢかひに天の川

針金に松の木起す野分

天の川凌雲閣にもたれけり

初汐や御茶の水橋あたりまで

親が鳴き子猿が鳴いて秋の風

子を連れて犬の出あるく月夜哉

稲妻をふるひおとすや鳴子引

いなづまや簔蟲のなく闇の闇

松風をはなれて高し秋の月

名月や谷の底なる話し聲

名月も心盡しの雲間哉

名月に白砂玉とも見ゆるかな

玉になる石もあるらんけふの月

名月や大海原は塵もなし

干網の風なまくさし浦の月

名月や何やら跳る海の面

名月の一夜に肥ゆる鱸哉

名月や芋ぬすませる罪深し

鶺鴒や三千丈の瀧の水

落鮎にはねる力はなかりけり

虫賣や北野の聲に嵯峨の聲

や一日一日をなきへらす

に一すぢ長き夕日かな

の松は月夜となりにけり

蟷螂の斧ほのぼのと三日の月

かまきりのゆらゆら上る芒哉

蟷螂は叶はぬ戀の狂亂か

稲妻やかまきり何をとらんとす

石塔に誰が遺恨のかまきり

宮嶋の神殿はしる小鹿かな

門へ来てひゝと鳴きけり奈良鹿

町へ来て紅葉ふるふや奈良の鹿

みあかしをめぐりてなくや鹿の聲

御殿場に鹿の驚く夜汽車哉

暁や霧わけ出る鹿の角

神さびて鹿なく奈良の都哉

烏帽子きた禰宜のよびけり神の鹿

奈良の鹿やせてことさら神々し

宮嶋や干汐にたてる月の鹿

いくつ一手は月を渡りけり

掛茶屋の灰はつめたしきりぎりす

菅笠にわけゆく野路哉

壁の笠とれば秋の蚊あらはるゝ