和歌と俳句

正岡子規

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

月細り細り盡して秋くれぬ

宿の菊天長節をしらせばや

梟や花火のあとの薄曇り

沙魚釣りの大加賀帰る月夜哉

菊型の焼餅くふて節句哉

烏来て鳥居つゝくや秋のくれ

袖なくてうき洋服の踊り

何としたわれの命ぞ秋の暮

君が代は案山子に残る弓矢哉

行く秋を綺麗にそめし紅葉哉

行く秋の闇にもならず星月夜

魂棚や何はともあれ白団子

白菊の花でこさばや濁り酒

海原をちゞめよせたり鰯曳

一つづゝ波音ふくる夜寒

こちで引けばあちでも引くや鳴子縄

八重葎そよぐと見しやけさの秋

かるく打つ砧の中のわらひ哉

行く秋の軽うなりたる木實哉

大文字をのぞいて出たり山の月

やぶ入りの一日しぼむ芙蓉哉

やぶ入りや皆見覚えの木槿垣

案山子にも目鼻ありける浮世哉

菅笠のくさりて落ちしかゞし

笠とれたあとはものうき案山子

やせ馬の尾花恐るゝ野分

鯉はねたにごり沈むや秋の水

名月や彷彿としてつくば山

我宿の名月芋の露にあり

誰やらがかなしといひし月夜哉

名月や田毎に月の五六十

稲妻や誰れが頭に砕け行く

稲づまや一筋白き棉ばたけ

初秋を京にて見たり三日の月

伊豆までは落ちず消えけり天の河

富士川の石あらはなり初嵐

富士沼や小舟かちあふ初あらし

大空の真ただ中やけふの月

蜑が家やに戸をさす清見潟

汽車道に掘り残されて花野

一ひらの雲の行へや秋の山

撫し子のまた細りけり秋の風

粟の穂の折れも盡さず初嵐

秋風に目をさましけり合歓の花

秋風や崩れたつたる雲のみね

松苗に行末ちぎる月見哉

椽端や月に向いたる客あるじ

芋の露硯の海に湛へけり

稲妻の壁つき通す光りかな

稲妻は雫の落る其間かな