和歌と俳句

正岡子規

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秋の雲太平洋を走りけり

犬つれて松原ありく月見

大磯の町出はなれし月見

名月や何やらうたふ海士が家

名月や誰やらありく浪の際

明月のうしろに高し箱根山

明月や山かけのぼる白うさぎ

明月の中に何やら踊りけり

塩汲の道々月をこぼしけり

名月やどちらを見ても松許り

待宵や夕餉の膳に松の月

待宵や出しぬかれたる月のてり

明月を邪魔せぬ松のくねり哉

足元をすくふて行くや月の汐

後しざりしながら戻る月見

名月や汐に追はるる磯伝ひ

明月やとびはなれたる星一ツ

沙濱に足くたびれる月見

寝ころんで椽に首出す月見

沙濱に打廣げけり月の汐

鎌倉に波のよる見ゆけふの月

名月や松を離れて風の聲

名月や闇をはひ出る虫の聲

名月やもう一いきで雲の外

雲に月わざわざはいるにくさ哉

大磯へまで来てこよひ月もなし

沙濱に人のあとふむ月見

いさり火や月を離れし沖の隅

江の嶋は亀になれなれけふの月

名月や鰯もうかぶ海の上

秋風の一日何を釣る人ぞ

十六夜の山はかはるや月の道

旅僧のもたれてあるく野分

蜘の巣に蜘は留守也秋の風

秋の海名もなき嶋のあらはるる

旅の旅又その旅の秋の風

はつきりと行先遠し秋の山

秋の雲瀧をはなれて山の上

秋風や鳥飛び盡す筑波山

明日の露にぬれたり淡路嶋

杉の木のたわみ見て居る野分

名月や竹も光明かくや姫

天狗泣き天狗笑ふや秋の風

名月や伊予の松山一万戸

稲妻の崩れたあとや夕嵐

十六夜の闇の底なり荘園寺

蛇落つる高石がけの野分

天の川よしきの上を流れけり

ていれぎの下葉浅黄に秋の風

傾城に歌よむはなしけふの月