和歌と俳句

正岡子規

稲の穂や南に凌雲閣低し

見下せば里は稲刈る日和かな

掛稲や野菊花咲く道の端

掛稲に螽飛びつく夕日かな

鶏の親子引きあふ落穂かな

稲舟や野菊の渚蓼の岸

稲積んで車押し行く親子哉

村遠近雨雲垂れて十里

秋立つやほろりと落ちし蝉の殻

初秋の簾に動く日あし哉

尻の跡もう冷かに古畳

学ぶ夜の更けて身に入む昔哉

朝寒や蘇鉄見に行く妙国寺

朝寒やひとり墓前にうづくまる

不忍の池をめぐりて夜寒かな

須磨寺の門を過ぎ行く夜寒

大仏の足もとに寐る夜寒

やや寒み襟を正して坐りけり

長き夜の面白きかな水滸伝

長き夜や人灯を取つて庭を行く

長き夜を月取る猿の思案哉

鎌倉や秋の夕日の旅法師

藪寺に磬打つ音や秋の暮

日蓮の死んだ山あり秋の暮

いさましく別れてのちの秋の暮

八月や楼下に満つる汐の音

内海や二百十日の釣小舟

行く秋や奈良の小寺の鐘を撞く

行く秋奈良の小店の古仏

行く秋の腰骨いたむ旅寐哉

行く秋や一千年の仏だち

尼寺や寂寞として秋の行く

行く秋をしぐれかけたり法隆寺

行く秋や菴の菊見る五六日

易を点じ兌の卦に到り九月尽

我庵は蚊帳に別れて冬近し

冬待つや寂然として四畳半

淋しさや盗人はやる須磨

湖の細り細りて瀬田

猿蓑の秋の季あけて読む夜哉

秋高し鳶舞ひ沈むの上

行く我にとどまる汝に二つ

人かへる花火のあとの暗さ哉

雨雲に入りては開く花火かな

扇捨てて手を置く膝のものうさよ

白頭の吟を書きけり捨団扇

七夕やおよそやもめの涙雨

七夕や蜘の振舞おもしろき

おろそかになりまさる世の魂祭

聖霊の写真に憑るや二三日

病んで父を思ふ心や魂祭

売れ残るもの露けしや草の市