和歌と俳句

正岡子規

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間違へて笑ふ頭巾や客二人

炉開きや故人を会すふき鱠

冬籠る今戸の家や色ガラス

芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし

一箱の林檎ゆゆしや冬籠

雑炊のきらひな妻や冬籠

冬ごもる人の多さよ上根岸

日あたりのよき部屋一つ冬籠

咲き絶えし薔薇の心や冬籠

冬籠盥になるる小鴨哉

鶏頭の黒きにそそぐ時雨かな

口こはき馬に乗りたる

道哲の寺を過ぐれば冬田哉

山茶花に新聞遅き場末哉

霜月の梨を田町に求めけり

のびのびし帰り詣でや小六月

のら猫の糞して居るや冬の庭

煤払の埃しづまる葉蘭哉

天井無き家中屋敷や煤払

年忘一斗の酒を尽しけり

吉原ではぐれし人や酉の市

結びおきて結ぶの神は旅立ちぬ

風呂吹の一きれづつや四十人

千駄木に隠れおほせぬ冬の梅

寒き夜の銭湯遠き場末哉

先生のお留守寒しや上根岸

凍筆をほやにかざして焦しけり

筆ちびてかすれし冬の日記哉

書きなれて書きよき筆や冬籠

信州の人に訪はれぬ冬籠

仏壇も火燵もあるや四畳半

芭蕉忌や我俳諧の奈良茶飯

仏壇の菓子うつくしき冬至

十年の苦学毛の無き毛布哉

の蟹や玉壺の酒の底濁り

鶏頭やこたへこたへて幾時雨

や燈炉にいもを焼く夜半

菓子赤く茶の花白き忌哉

唐筆の安きを売るや水仙花

筆洗の水こぼしけり水仙花

六尺の緑枯れたる芭蕉哉

日暮の里の旧家や冬牡丹

火を焚かぬ暖炉の側や冬牡丹

朝下る寒暖計や冬牡丹

冬牡丹頼み少く咲にけり

朝な朝な粥くふ冬となりにけり