和歌と俳句

夏目漱石

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落つるなり天に向つて揚雲雀

雨晴れて南山春の雲を吐く

むづからせ給はぬ雛の育ち哉

去年今年大きうなりて帰る雁

一群や北能州へ帰る雁

爪下り海に入日の菜畑哉

里の子の猫加へけり涅槃像

のほうと許りで失せにけり

鶯や雨少し降りて衣紋坂

鶯や田圃の中の赤鳥居

旧道や焼野の匂ひ笠の雨

春日野は牛の糞まで焼てけり

宵々の窓ほのあかし山焼く火

野に山に焼き立てられて雉の声

野を焼くや道標焦る官有地

篠竹の垣を隔てて焼野哉

蝶に思ふいつ振袖で嫁ぐべき

蝶舐る朱硯の水澱みたり

山三里に足駄穿きながら

連立て帰うと雁皆去りぬ

鳴く事を思ひ立つ日かな

吾妹子に揺り起されつ春の雨

普化寺に犬逃げ込むや梅の花

虚無僧の敵這入ぬ梅の門

春の雲峰をはなれて流れけり

捲上げし御簾斜也春の月

舟軽し水皺よつて蘆の角

仰向て深編笠の花見

奈古寺や七重山吹八重桜

春の江の開いて遠し寺の塔

柳垂れて江は南に流れけり

川向ひ咲きけり今戸焼

雨に濡れて鶯なかぬ処なし

手習いや天地玄黄梅の花

霞むのは高い松なり国境

奈良七重菜の花つづき五形咲く

端然と恋をして居る かな

待つ宵の夢ともならず梨の花

春風や吉田通れば二階から

風が吹く幕の御紋は下り藤

登りたる凌雲郭の かな

山城や乾にあたり春の水

模糊として竹動きけり春の山

限りなき春の風なり馬の上

乙鳥や赤い暖簾の松坂屋

古ぼけた江戸錦絵や春の雨

蹴爪づく富士の裾野や木瓜の花

春の海に橋を懸けたり五大堂

足弱を馬に乗せたり山桜

君帰らず何処の花を見にいたか