和歌と俳句

夏目漱石

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

春の夜を辻講釈にふかしける

護摩壇に金鈴響く春の雨

春の夜の御悩平癒の祈祷哉

鳩の糞春の夕の絵馬白し

伽羅焚て君を留むるかな

辻占のもし君ならば朧月

物草の太郎の上や揚雲雀

涅槃像鰒に死なざる本意なさよ

春恋し浅妻船に流さるる

潮風に若君黒し二日灸

枸杞の垣田楽焼くは此奥か

春もうし東楼西家何歌ふ

洗ふ藁家の門や温泉の流

陽炎に蟹の泡ふく干潟かな

さらさらと筮竹もむや春の雨

日永哉豆に眠がる神の馬

古瓢柱に懸けて蜂巣くふ

ゆく春や振分髪も肩過ぎぬ

御館のつらつら 椿咲にけり

二つかと見れば一つに飛ぶや

刀うつ槌の響や春の風

踏はづす蛙是へと田舟哉

初蝶や菜の花なくて淋しかろ

曳船やすり切つて行く蘆の角

紅梅に通ふ築地の崩哉

濡燕御休みあつて然るべし

雉子の声大竹原を鳴り渡る

むくむくと砂の中より春の水

白き砂吹ては沈む春の水

金屏を幾所かきさく猫の恋

春に入つて近頃青し鉄行燈

朧の夜五右衛門風呂にうなる客

飯食ふてねむがる男畠打つ

章魚眠る春潮落ちて岩の間

山伏の並ぶ関所や梅の花

梅ちるや月夜に廻る水車

酒醒て梅白き夜の冴返る

蟹に負けて飯蛸の足五本なり

梓弓岩を砕けば春の水

山路来て梅にすくまる馬上哉

青石を取り巻く庭のかな

犬去つてむつくと起る蒲公英

大和路や紀の路へつづく菫草

川幅の五尺に足らで菫かな

三日雨四日梅咲く日誌かな

生海苔のここは品川東海寺

菜の花や門前の小僧経を読む

菜の花を通り抜ければ城下かな

筵帆の真上に鳴くや揚雲雀

風船にとまりて見たる雲雀