和歌と俳句

山口誓子

激浪

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高松にあがりてとべる秋の蝶

椎の実のつぶつぶ神の溝の上

電線にあり既に見しごとく

鵙去りしあとに電線うすれたり

火の見あれば鰯雲彌仰がるる

椎の実の下にて村に道暗む

丘ちかき稲田の表すでに冷ゆ

桑黄葉夕日は丘にすれずれに

いまもなほ秋の祭りの庭燎あと

賽したる足もて歩く蜜柑山

街道に鳥居をくぐる甘藷車

甘藷蔓を茶の花垣に鬱陶し

甘藷掘つて丘畑山畑より帰る

百姓の大人も吸へる青蜜柑

秋の嶺ゆふべに燃やす雲すこし

遠き燈のまづ見えそむる秋の暮

秋の暮村の炊煙一となる

秋の暮われまた靄の中ならむ

秋の暮金星なほもひとつぼし

秋の田の只中石の鳥居暮る

稲田来て燈のあたたかき家の間

家ちかく踏むは砂地や秋の暮

ひしこ焚いて焚き黒めたる夜も明けつ

吾家また海人のごとくにひしこ乾す

ひしこ乾す髪の熱する日向にて

沖に出て燈を距てたりひしこ舟

鰯雲攀づべからざる嶽の上

天覆ふ鰯雲あり放心す

草紅葉隔つや流水急なるを

流れを見蘆花の流れを見て下る

鵙に火を焚けり家移りせむとして

蛍火の虚空を照らし照らしとぶ

甘藷掘つて山路に置きし人を見ず

水底に石冷えびえと野の流れ

石橋に到れば秋の暮迫る

椎の樹の旧緑蔭や実を生らし

のこゑ吾身の上にふりそそぐ

草の葉の露毫厘の隙もなし

樹の空を真直ぐにわたるのこゑ

鶏頭や暮色の中にとどまらず

流水の石橋過ぐる秋の暮

かたまりて駅をなす燈の秋の暮

鵙の村水ゆく音の樋をくぐる

熱あつの皮紫に甘藷黄なり

秋の蝶水蝶として粉々と

秋の雨湖浜のごとく降りつづく

油なす暮や茶の花蘂を黄に

秋の田に子の紙鳶あぐる見過ぎむや

数日に十月終る蟻地獄

秋の暮昔の駅火まじるべし

秋澄みてなにがしの丘又野川

昼よりの客栴檀の実の月夜

月明に楽出でゆきてラジオやむ

月光をラジオの楽の溯る

ひしこ乾して月明の九時十時過ぐ

土堤のごときものと思へど月明し

月明に楽音曳いてラジオ去る

切通し過ぐれば又も鵙の浦

稠密の茶の木に花の辮ゆがむ

寄りて見る茶の花の蘂うひうひし

鵙の藪行けば椿の下暗く

鵙啼いて電線撓みたわみたり

いづべにも吾に対ふ燈秋の暮

秋の暮真黒き獣道塞ぐ

牛の眼の繋がれて見る秋の暮

秋の暮長き煙を汽車かざし

燈火親し夜に新聞を読める蜑

冬の日や鳶のとまりてやや翳る

両肩に夜の寒さの鞭つごとし

諸声をすすめて去りし稲雀

秋の暮山脈いづこへか帰る

老松の鬱々と月明らかに