けふや君 後の世までも 忘れじと 契りしことを 思ひ出づらむ
来て見れば 涙の雨も とどまらず 主なきやどの 梅のはかなさ
をりをりに もの思ふことは ありしかど このたびなかり かなしきはなし
いとけなき 人おり立たば わたり川 淵瀬といはず 水もひななむ
夢とのみ 見ゆるこの世の はかなさは おどろきかほに とはれやはする
今朝よりは 夜半の煙の 名残りかと 山の霞も 目にぞたちける
君をとふ 鐘のこゑこそ かなしけれ これぞ音する はてとおもへば
浜千鳥 はかなきあとを 踏みおきて 身はいづかたの 雲に消えけむ
千載集・神祇
あめのした のどけかれとや さかき葉を 三笠の山に さしはじめけん
はふりこが さす玉串の ねぎごとを 乱るるかみも あらじとぞおもふ
世の中は ちぐさの花の いろいろに 心のねより なるとこそきけ
いたづらに はかなきみちに 入りにけり かへすがへすも けふぞくやしき
何ごとも むなしき夢と きくものを 覚めぬ心に 嘆きつるかな
二つなき みのりの舟ぞ たのもしき 人をもさして わたすとおもへば
うづもれて 隈なきたまは あるものを ちりを払はで 願ふはかなさ
思ひ出でぬ ことこそなけれ つくづくと 窓打つ雨を 聞き明かしつつ
夕されば 竹のそのふに 寝る鳥の ねぐらあらそふ 声きこゆなり
朝霞 鄙のなかちに たちにけり すみゑに見ゆる 遠の旅人
あま人の むかしのあとを 来て見れば むなしき床を 払ふ谷風
千載集・雑歌
やまびとの むかしの跡を 来て見れば むなしき床を はらふ谷風
嘆かじな 長柄の橋の 跡みれば わが身のみやは 世には朽ちぬる