木の本に住みける跡を見つるかな那智の高嶺の花を尋ねて
いとどいかに西へ傾く月影を常よりもけに君慕ふらん
西へ行くしるべと頼む月影の空頼めこそかひなかりけれ
弘むらん法には逢はぬ身なりとも名を聞く数に入らざらめやは
連なりし昔につゆも変らじと思ひ知られし法の庭かな
いにしへに洩れけんことのかなしさは昨日の庭に心ゆきにき
消えぬべき法の光の灯火をかかぐる輪田の泊りなりけり
浅からぬ契りの程ぞ汲まれぬる亀井の水に影映しつつ
ひばり立つ荒野に生ふる姫百合の何に付くともなき心かな
まどひつつ過ぎける方のくやしさに泣く泣く身をぞ今日は恨むる
朝日待つほどは闇にや迷はまし有明の月の影なかりせば
西を待つ心に藤をかけてこそその紫の雲を思はめ
山の端に隠るる月をながむればわれと心の西に入るかな
夢覚むる鐘の響きに打ち添へて十度の御名を唱へつるかな
西へゆく月をやよそに思ふらん心に入らぬ人のためには
山川のみなぎる水の音聞けば迫むる命ぞ思ひ知らるる
あだならぬやがて悟りに帰りけり人のためにも捨つる命は
惑ひ来て悟りうべくもなかりつる心を知るは心なりけり
新古今集・釈教
闇晴れて心の空に澄む月は西の山辺や近くなるらん
散りまがふ花のにほひを先立てて光を法の莚にぞ敷く
花の香を連なる袖に吹きしめて悟れと風の散らすなりけり