和歌と俳句

夏目漱石

大慈寺の山門長き青田かな

五月雨や鏡曇りて恨めしき

生れ代るも物憂からましわすれ草

薫風や銀杏三抱あまりなり

茂りより二本出て来る筧哉

亭寂寞薊鬼百合なんど咲く

顔黒く鉢巻赤し泳ぐ人

裸体なる先生胡坐す水泳所

泳ぎ上り河童驚くかな

隣より謡ふて来たり夏の月

埒もなく禅師肥たり更衣

埋もれて若葉の中や水の音

影多き梧桐に据る床几かな

郭公茶の間へまかる通夜の人

扛げ兼て妹が手細し鮓の石

小賢しき犬吠付や更衣

七筋を心利きたる鵜匠

漢方や柑子花さく門構

若葉して半簾の雨に臥したる

世はいづれ棕櫚の花さへ穂に出でつ

立て懸て 這ひけり草箒

若葉して縁切榎切られたる

でで虫の角ふり立てて井戸の端

溜池に蛙闘ふ卯月かな

虚無僧に犬吠えかかる桐の花

や思ひがけなき垣根より

若竹や名も知らぬ人の墓の傍

若竹の夕に入て動きけり

鞭鳴す馬車の埃や麦の秋

渡らんとして谷に橋なし閑古鳥

折り添て文にも書かず杜若

八重にして芥子の赤きぞ恨みなる

傘さして後向なり杜若

蘭湯に浴すと書て詩人なり

すすめたるを皆迄参りたり

鮓桶の乾かで臭し蝸牛

蝙蝠や賊の酒呑む古館

不出来なる と申しおこすなる

五月雨の壁落しけり枕元

馬の 牛の蝿来る宿屋かな

蚊にあけて口許りなり蟇の面

鳴きもせでぐさと刺す 田原坂

藪近し椽の下より

寐苦しき門を夜すがら水鶏かな

若葉して手のひらほどの山の寺

菜種打つ向ひ合せや夫婦同志