和歌と俳句

正岡子規

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鯛鮓や一門三十五六人

玉章を門でうけとる涼み

とも綱に蜑の子ならぶ游泳哉

ぬれ髪を木陰にさばくおよぎ哉

藍刈や一里四方に木も見えず

藍刈るや誰が行末の紺しぼり

玉巻の芭蕉ゆるみし暑さ哉

溝川に小鮒ふまへし涼み

夏やせの腮にいたし笠の紐

牛の尾の力も弱るあつさ

若竹や色もちあふて青簾

紫陽花に吸ひこむ松の雫哉

紫陽花にかぶせかゝるや今年竹

はらはらと風にはぢくや鵜の篝

短夜や砂土手いそぐ小提灯

三津口を又一人行く

秋近き窓のながめや小富士松

涼しさや馬も海向く淡井阪

萱町や裏へまはれば青簾

姉が織り妹が縫ふて更衣

垣ごしや隣へくばる小鯵鮓

陣笠を着た人もある田植

涼しさや母呂にかくるゝ後影

白無垢の一竿すずし土用干

油絵の遠目にくもる五月かな

灌佛やうぶ湯の桶に波もなし

甲斐の雲駿河の雲や不二詣

御祓して歸るたもとに蛍かな

月の出る裏へ裏へと鵜舟

さをとめの泥をおとせば足軽し

空に入る身は軽げなりふじ詣

五月雨や隅田を落す筏舟

一村は卯つ木も見えず青嵐

はたごやに蠅うつ客や五月雨

真黒に茄子ひかるや夏の月

夕立の露ころげあふ蓮哉

蚤蠅の里かけぬけて夏の山

おしあふてくる萍や五月晴

夕立の押へ付けたり茶の煙

ゆふだちにはりあふ宮の太鼓哉

木曽川に信濃の入梅の濁り哉

夏の月四條五條の夜半過

鱗ちる雑魚場のあとや夏の月

荷を揚る拍子ふけたり夏の月

雪の間に小富士の風の薫りけり

はらわたにひやつく木曽清水

菅笠の紐ぬらしたる清水

夕立に簔のいきたる筏かな

君が代や親が所望の夏氷

夕立のはづれに青し安房上総

旅人の名をつけて行く清水かな

夏草や君わけ行けば風薫る

夏の月紙帳の皺も浪と見よ

入梅晴の朝より高し雲の峰

横道を行けば果して清水

五月雨は藜の色を時雨けり

わびしさや藜にかゝる夏の月

むさしのや川上遠き雲の峯

負ふた子の一人ぬれけり夏の雨

五月雨や流しに青む苔の花

夕立や干したる衣の裏表

植ゑつけて月にわたせし青田