和歌と俳句

正岡子規

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抱起す手に紫陽花のこぼれけり

葉桜とよびかへられしさくら哉

燕や白壁見えて麦の秋

葉さくらや折残されて一茂り

卯の花に雲のはなれし夜明哉

植木屋の門口狭き牡丹

淀川や一すぢ引て燕子花

たそがれや御馬先の杜若

若竹や雀たわめてつくば山

けしの花餘り坊主になり易き

卯の花にかくるゝ庵の夜明哉

初瓜やまだこびりつく花の形

思ひよる姿やあやめかきつばた

麦わらの帽子に杉の落ば哉

岩陰や水にかたよる椎のはな

咲てから又撫し子のやせにけり

おしあふて又卯の花の咲きこぼれ

鼓鳴る能楽堂の若葉かな

卯の花に白波さわぐ山路哉

撫し子を横にくはへし野馬哉

あぢさいや一かたまりの露の音

汽車道にそふて咲けりけしの花

の乗てながるゝ小海老哉

うき草の月とほりこす流哉

河骨にわりなき茎の太さ哉

河骨の横にながれて咲にけり

白蓮の中に灯ともす青さ哉

あぢさいや神の灯深き竹の奥

花の皆青梅になる若木かな

青梅の落て拾はぬあき家哉

やずんずとのびて藪の上

はまだ根ばかりの太さかな

竹の子や隣としらぬはえ處

のせて見て団扇に重しまくわ瓜

うれしげに犬の走るや麦の秋

紫蘇ばかり薄紫のあき家哉

なでしこにざうとこけたり竹釣瓶

井戸端に妹が撫し子あれにけり

引はれば沈む蓮のうき葉かな

夏菊や旅人やせる木曽の宿

誰が魂の梦をさくらん合歓の花

清姫が涙の玉や蛇いちご

一本のや虻ののぼりおり

鎌倉は村とよばるゝ青葉かな

うるはしや竹の子竹になりおふせ

痩馬もいさむ朝日の青葉かな

夕立にふりまじりたる李かな

一ツだけば鳴きやむ赤子かな

心見に雀とまれや今年竹

涼しさやくるりくるりと冷し瓜

持て片手にまねく子供哉

桃色は辨天様のはちすかな

隠れ家に夏もの紅葉哉

尼寺に真白ばかりの

茗荷よりかしこさうなり茗荷の子

栗の花筧の水の細りけり

藻の花や小川に沈む鍋のつる

旅人の歌上りゆく若葉かな

宵月や牛くひ残す花茨

葉桜上野は闇となりにけり

夕顔は画にかいてさへあはれなり

うつむいた恨みはやさし百合の花

窓かげや朧に匂ふ花いばら

絶間より人馬の通ふ若葉

の杭に一日のいのちかな

生きてゐるやうに動くや蓮の露

紫陽花に浅黄の闇は見えにけり

白過ぎてあはれ少し蓮の花

白水の押し出す背戸や杜若

いわけなう日うらの白き胡瓜

凌霄や煉瓦造りの共うつり

開いても開いてもちるけしの花

重たさを首で垂れけりゆりの花

傘はいる若葉の底の家居哉