山がつの裾野にはなつ春駒は拓きてけりな草のしたみち
たぐへ来る松の嵐や弛むらむ尾上にかへるさを鹿のこゑ
夜の雨のうちも寝られぬ奥山に心しらるる猿のみさけび
主しらぬ岡邊の里を来てとへば答へぬさきに犬ぞ咎むる
ふるさとの軒のひはたに草あれてあはれ狐の臥し処かな
あらくまの住みける谷を隣にて都に遠き柴の庵かな
みちのへに過ぎける牛のあとみれば心のつみは類ありけり
おどろかぬ臥す猪の床の眠かなさらでも夢に過ぐるこの世を
世の中に虎おほかみは何ならず人の口こそ猶まさりけれ
後の世に彌陀のりさうを被らずはあなあさましの月のねずみや
わかやどの春のはなぞの見るたびに飛び交ふ蝶の人馴れにけり
風ふけば池の浮草かたよれど下にかはづの音を絶えぬかな
夏の夜は枕をわたる蚊のこゑの僅かにだにもいこそ寝られね
おほかたの草葉の露に風すぎて蛍ばかりの影ぞ残れる
みなひとは蝉の羽ごろも脱ぎ捨てて秋は今なるひぐらしのこゑ
露そむる野邊の錦の色々をはたをるむしのしたりかほなる
ひとりゐて有明おもふ夕闇にまだまつむしのこゑもありけり
秋たけぬ衣手さむしきりぎりす今いくよかは床ちかきこゑ
軒端より籬の草にかたかけて風をかぎりのささがにの糸
ふるさとの板間にかかる蓑虫の漏りける雨を知らせかほなる