和歌と俳句

西行

濡るともと陰を頼みて思ひけん人の跡踏む今日もあるかな

千載集・雑歌
ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ

ちりそむる花の初雪ふりぬればふみ分けまうき志賀の山越

勅とかや下す御門のいませかしさらば恐れて花や散らぬと

浪もなく風ををさめし白川の君のをりもや花は散りけん

いかで我この世のほかの思ひ出に風をいとはで花をながめん

年を経て待つも惜しむも山ざくら心を春はつくすなりけり

吉野山谷へたなびく白雲は峰のさくらの散るにやあるらん

吉野山峰なる花は何方の谷にか分きて散りつもるらん

山おろしの木の本埋む春の雪は岩井に浮くも氷とぞ見る

春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山道

たちまがふ峰の雲をばはらふとも花を散らさぬあらしなりせば

吉野山花吹き具して峰越ゆるあらしは雲とよそに見ゆらん

惜しまれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や

憂き世にはとどめおかじと春風の散らすは花を惜しむなりけり

もろともにわれをも具して散りね花憂き世をいとふ心ある身ぞ

思へただ花の散りなん木のもとに何を陰にてわが身住みなん

ながむとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそかなしかりけれ

惜しめども思ひげもなくあだに散る花は心ぞかしこかりける

梢吹く風の心はいかがせん従ふ花のうらめしきかな

いかでかは散らであれとも思ふべきしばしとしたふ嘆き知れ花

木のもとの花に今宵は埋もれて飽かぬ梢を思ひあかさん

木のもとに旅寢をすれば吉野山花のふすまを着する春風

雪と見えて風に櫻の亂るれば花の笠着る春の夜の月

散る花を惜しむ心やとどまりてまた来ん春の種になるべき