和歌と俳句

西行

の 春さめざめと なきゐたる 竹の雫や 涙なるらむ

古巣うとく 谷の鶯 なりはてば 我やかはりて なかむとすらむ

うぐひすは 谷の古巣を 出でぬとも わが行方をば 忘れざらなむ

鶯は 我を巣守に 頼みてや 谷の岡へは 出でて鳴くらむ

春のほどは 我が住む庵の 友になりて 古巣な出でそ 谷の鶯

もえ出づる 若菜あさると きこゆなり きぎす鳴く野の 春のあけぼの

生ひかはる 春の若草 まちわびて 原の枯野に きぎす鳴くなり

春の霞 いゑ立ち出でて 行きにけむ きぎす棲む野を 燒きてけるかな

片岡に しば移りして 鳴くきぎす 立つ羽音とて 高からぬかは

香をとめむ 人をこそまて 山里の 垣根のの ちらぬかぎりは

心せん しづが垣根の 梅はあやな よしなく過ぐる 人とどめけり

この春は しづが垣根に 触ればひて 梅が香とめん 人親しまん

主いかに 風渡るとて いとふらん よそにうれしき 梅の匂ひを

梅が香を 山ふところに 吹きためて 入り来ん人に 沁めよ春風

柴の庵に とくとく梅の 匂ひきて やさしき方も あるすみかかな

梅が香に たぐへて聞けば うぐひすの 聲なつかしき 春の山ざと

作り置きし 梅のふすまに 鶯は 身にしむ梅の 香や匂ふらむ

ひとり寝る 草の枕の うつり香は 垣根の梅の にほひなりけり

何となく 軒なつかしき 梅ゆゑに 住みけむ人の 心をぞ知る

春雨の 軒たれこむる つれづれに 人に知られぬ 人のすみかか

何となく おぼつかなきは 天の原 霞に消えて 帰る雁がね

かりがねは 帰る道にや まどふらむ 越の中山 かすみへだてて

玉づさの はしがきかとも 見ゆるかな 飛び遅れつつ 歸る雁がね

山里へ 誰を又こは よぶこ鳥 ひとりのみこそ 住まむと思ふに

苗代の 水を霞は たなびきて 打樋のうへに 掛くるなりけり