夜の市や葵買ひゆく人の妻
山里や木小屋の中を蕗の川
瓜つけし馬も小諸の城下かな
しばしばや人に雨月の瓜畠
水一荷渡御にそなへし青葉かな
花桐に斯の民やすき湖辺かな
百日紅咲く世に朽ちし伽藍かな
仲秋や火星に遠き人ごころ
谷の戸や菊も釣瓶も霧の中
はつ菊や大原女より雁の文
菊咲くやけふ佛参の紙草履
菊の香や太古のままに朝日影
短日のはや秋津嶋灯しけり
短日の時計の午後のふり子かな
六波羅へぼたん見にゆく冬至かな
帆もなくて冬至の海の日影かな
冬空へ煙さでたくや灘の船
品川に台場の音のしぐれかな
初霜や湖に青藻の靄がくれ
冬山や寺に薪割る奥は雪
冬海の魚舸を淋しむ旅人かな
枯原や堰に音ある榛の風
逆簑や運のさだめの一としぐれ
笹鳴や艦入り替ふる麓湾
ありあけの月をこぼるる千鳥かな
青樓の灯に松こゆるちどりかな
岬山の緑竹にとぶちどりかな
鮟鱇やかげ膳据ゑて猪口一つ
山茶花に垣穂の渡し見晴れけり
葱の香に夕日のしづむ楢ばやし
落葉すやしづかに庫裡の甕の水
笊干すや垣の落葉に遠き山
牧へとぶ木の葉にあらぬ小禽かな
水仙に湯をいでて穿く毛足袋かな
炉塞や不破の関屋の一かすみ
雁風呂や笠に衣ぬぐ旅の僧
古妻や針の供養の子沢山
畑打や代々につたへて畠の墓
門前の花菜の雨や涅槃像
門前に牛羊あそぶ社日かな
関の戸や水口まつる田一枚
野おぼろに水口祭過ぎし月
二三人薄月の夜や人丸忌
若草や空を忘れし籠の鶴
蒲公英や炊ぎ濯ぎも湖水まで
森の神泉におはす薊かな
石楠花の紅ほのかなる微雨の中
海棠や縁を往き来す狆の鈴
菜の花や五十三次ひとり旅
書樓出て日の草原のやなぎかな
みだるるや簾のそらの雪の雁
踏切の灯を見る窓の深雪かな
なつかしや雪の電車の近衛兵
ふるさとの雪に我ある大爐かな
草枯や又國越ゆる鶴のむれ
草枯や野邊ゆく人に市の音
山茶花や日南のものに杵埃り
茶の花も菅笠もさびし一人旅
絵馬堂の内日のぬくき落葉かな