和歌と俳句

飯田蛇笏

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

煮るものに大湖の蝦や夏近し

果樹園に積む石ありておぼろかな

さくら餅食ふやみやこのぬくき雨

鮒膾瀬多の橋裏にさす日かな

火なき炉の大いさ淋し春の宿

吉野山奥の行燈や一の午

蛤や鳴戸の渦にあづからず

灯をはこぶ湯女と戦ぐ樹夏の雨

倒れ木を越す大勢や順の峰

祖父祖母も寝しこの宿や順の峰

燈台の浪穂の舟やほととぎす

寺にみつ月のふるさやほととぎす

雨蛙樫のそよぎに雲忙し

泉掬ぶ顔ひややかに鳴くかな

魚板より芭蕉へつづく羽蟻かな

釣人や羽蟻わく舳をかへりみず

鳴くや瀬にながれ出しところてん

赤貧洗ふがごとく錦魚を飼ひにけり

初鰹いたくさげすむ門地かな

鰺釣や帆船にあひし梅雨の中

ふるさとや厩のまどのの川

鮎漁のしるべも多摩の床屋かな

牡丹や阿房崩すと通ふ蟻

夏草や驛の木立に捨て車

葉櫻や嵐橋晴るる人の傘

旅人に遠く唄へり蓴採

合歓かげに舟のけむりや山中湖

鴨足草雨に濁らぬ泉かな

曲江に山かげ澄みて花藻かな

鹿鳴くや酒をさげすむ烽火守

嶋は秋しぐれやすさよ渡り鳥

はつ雁に几帳のかげの色紙かな

ひぐらしの鳴く音にはずす轡かな

蜻蛉や芋の外れの須磨の浪

畠中の秋葉神社や蜻蛉とぶ

松にむれて田の面はとばぬ蜻蛉かな

元旦や前山颪す足袋のさき

門松や雪のあしたの材木屋

餅花や正月さむき屋根の雪

庭訓によるともどちや手毬唄

梅ぬくし養君の弓はじめ

ながき日や洛を中の社寺詣

琵琶の帆に煙霞も末の四月かな

朧夜や本所の火事も噂ぎり

猫の子のなつくいとまや文づかひ

や人遠ければ窓に恋ふ

雛の日や遅く暮れたる山の鐘

久遠寺へ閑な渡しや雉子の声

山越えてきてわたる瀬や柳鮠

たがやして社の花に午餉かな

木曽人は花にたがやす檜笠かな

山寺やむざと塵すつの崖

藪中の木を積む墓所や白し

大原や日和さだまる花大根

花大根藁家二軒の峡かな

筆耕や一穂の灯に暑き宵

すずしさや波止場の月に旅衣

日ざかりやおのが影追ふ蓬原

夏川や砂さだめなき流れ筋

夏海へ燈台みちの穂麦かな

芭蕉織る嶋とおもへば夏の宿

社家町や樗の花に鯉のぼり

わが眉に日の山遠し水を打つ

蚊火焚くや江を汲む妻を遠くより

いとどしく月に蚊火たく田守かな

蟲干や東寺の鐘に遠き縁

鮓宿へ旅人下りぬ日の峠

砂走りの夕日となりぬ富士詣

藻の花の窗前の湖雨降れり

藪寺に餘花や見えける嵯峨野かな

百合折るや下山の袖に月白き

花葵貧しくすみて青簾吊る