和歌と俳句

飯田蛇笏

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吹き降りや稲田へ橋のゆきもどり

雨に剪つて一と葉つけたる葡萄かな

曼珠沙華茎見えそろふ盛りかな

山の霧罩めたる柿の雫かな

ほほづきの大しづくする籬かな

うす霧に日あたる土の木の實かな

瀧ぐちののしげりや雲這へる

めぐまんとする眼美し小春

舟べりのしづかなる水面かな

霜芝や日影をあびて沓の泥

雪やんで月いざよへる雲間かな

老ぼれて子のごとく抱く湯婆かな

水禽に流転の小首うちかしげ

泉水に顔をうつすや花曇り

春猫や押しやる足にまつはりて

昼月や雲かいくぐる山燕

老いそめて花見る心ひろやかに

二三片落花しそめぬ苗桜

折りとりし花のしづくや山さくら

花ちりしあとの枯葉や墓椿

麦秋の蝶吹かれ居ぬ唐箕先

二た媼梅雨に母訪ふ最合傘

簾外のぬれ青梅や梅雨明り

なかなかに足もと冷ゆる梅雨かな

澤瀉の葉かげの蜘蛛や梅雨曇り

西晴れて月さす水や蚊遣香

蟲干のあつめし紐や一とたばね

雨蛙とびて細枝にかかりけり

うち水にはねて幽かや水馬

花桐に草刈籠や置きはなし

白蓮やはじけのこりて一二片

蓮濠やすでに日當る人通り

芝山の裾野の暑気やねむの花

桑の實の葉うらまばらに老樹かな

青梅のはねて泛く葉や夕泉

冷やかに簔笠かけし湖の舟

蟻塚をつらぬく草の秋暑かな

十月の日影をあびて酒造り

秋日椎にかがやく雲の袋かな

名月や宵すぐるまのこころせき

みるほどにちるけはしさや秋の雲

秋雲をころがる音や小いかづち

秋の草全く濡れぬ山の雨

かよひ路にさきすがれたる野萩かな

晩稲田や畦閧フ水の澄みきりて

枯紫蘇にまだのこる日や雪の畑

冬雷に暖房月を湛へたり

冬水や古瀬かはらず一筋に

年木割かけ声すればあやまたず

炭売の娘のあつき手に触り

胸像の月光を愛で暖炉焚く

餅花や庵どつとゆるる山颪

早春の風邪や煎薬とつおいつ

春あさき人の会釈や山畑

春の夜やたたみ馴れたる旅ごろも

小野を焼くをとこをみなや東風曇り

水辺草ほのぼのもゆる野焼かな

畑中や接穂青める土の上

人々の眼のなまなまし涅槃見る

浴佛にただよひうかぶ茶杓かな

草むらや虎杖の葉の老けそめて

一と叢の木瓜さきいでし葎かな

折らんとすつばき葉がちや風の中

山ぞひや落花をふるう小柴垣