和歌と俳句

正岡子規

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のどかさや内海川の如くなり

栴檀のほろほろ落る二月

三月を此能故に冴え返る

小舟漕で大船めぐる春日

永き日の滋賀の山越海見えて

金比羅に大絵馬あげる日永

宮嶋や春の夕波うねり来る

春の夜の石壇上るともし哉

春の夜のともし火赤し金屏風

朧夜の銭湯匂ふ小村哉

珠数ひろふ人や彼岸の天王寺

山一つこえて畑打つ翁かな

大仏に草餅あげて戻りけり

春風や木の間に赤き寺一つ

春風や石に字を書く旅硯

春風や森のはづれの天王寺

行く人のになつてしまひけり

奈良の町の昔くさしや朧月

春雨の土塀にとまる烏かな

春の水石をめぐりて流れけり

春の野や何に人行き人帰る

家ありや牛引き帰る春の山

大船の真向に居る汐干

や枯木の中の一軒家

山道や人去つて あらはるる

板塀や梅の根岸の幾曲り

梅を見て野を見て行きぬ草加迄

根岸にて梅なき宿と尋ね来よ

何の木としらで芽を吹く垣根哉

大桜只一もとのさかり哉

観音の大悲の咲きにけり

夜桜や大雪洞の空うつり

石塔や一本桜散りかかる

人もなし花散る雨の館船

めらめらと落花燃けり大篝

紫の夕山つつじ家もなし

この岡に根芹つむ妹名のらさね

泥川を 生ひ隠すうれしさよ

石原やほちほち青き春の草

三十六宮荒れ尽して草芳しき

鷺下りて苗代時の寒哉

残り少なに余寒ももののなつかしき

鵲の人に糞する春日

春の日の暮れて野末に灯ともれり

石手寺へまはれば春の日暮れたり

何として春の夕をまぎらさん

春の夜や寄席の崩れの人通り

春の夜や奈良の町家の懸行燈

たれこめて已に三月二十日かな