和歌と俳句

藤原良経

六百番歌合百首

ありしよの袖の移り香きえはててまた逢ふまでの形見だになし

やすらひに出でにし人の通ひ路を古き野原と今日はみるかな

波ぞ寄るさてもみるめは無きものを浦みなれたる志賀の里人

すゑまでと言ひしばかりに浅茅原やどもわが身も朽ちや果てなむ

月やそれほの見し人の面影を偲びかへせば有明の空

ひとりねの袖のなごりの朝しめり日かげに消えぬ露もありけり

ものおもへば隙ゆく駒も忘られて暮す涙をまづおさふらむ

君もまた夕べやわきてながむらむ忘れず拂ふ荻のかぜかな

新勅撰集・恋
見し人の寝くたれ髪の面影に涙かきやる小夜の手枕

君ゆゑに厭ふもかなし鐘の聲やがてわがよも更けにしものを

行く末の深き縁とぞ契りつるまだ結ばれぬ淀のわかこも

恋ひしとは便りにつけて云ひやりき年はかへりぬ人はかへらず

葦垣の上ふきこゆる夕風に通ふもつらき荻のおとかな

枕にもあとにも露の玉散りてひとりおきゐる小夜の中山

袖のうへに馴るるも人の形見かは我とやどせる秋の夜の月

君がりと浮きぬる心迷ふらむ雲はいくへぞ空の通ひ路

新古今集・恋
いつもきく物のとや人の思ふらむ来ぬ夕暮の松風のこゑ

深き夜の軒の雫を數へても猶あまりある袖の雨かな

しのびかね心のそらに立つけぶり見せばや富士の峰にまがへて

すゑのまつ待つ夜いくたび過ぎぬらむ山越す波を袖ににまかせて