ありしよの袖の移り香きえはててまた逢ふまでの形見だになし
やすらひに出でにし人の通ひ路を古き野原と今日はみるかな
波ぞ寄るさてもみるめは無きものを浦みなれたる志賀の里人
すゑまでと言ひしばかりに浅茅原やどもわが身も朽ちや果てなむ
月やそれほの見し人の面影を偲びかへせば有明の空
ひとりねの袖のなごりの朝しめり日かげに消えぬ露もありけり
ものおもへば隙ゆく駒も忘られて暮す涙をまづおさふらむ
君もまた夕べやわきてながむらむ忘れず拂ふ荻のかぜかな
新勅撰集・恋
見し人の寝くたれ髪の面影に涙かきやる小夜の手枕
君ゆゑに厭ふもかなし鐘の聲やがてわがよも更けにしものを
行く末の深き縁とぞ契りつるまだ結ばれぬ淀のわかこも
恋ひしとは便りにつけて云ひやりき年はかへりぬ人はかへらず
葦垣の上ふきこゆる夕風に通ふもつらき荻のおとかな
枕にもあとにも露の玉散りてひとりおきゐる小夜の中山
袖のうへに馴るるも人の形見かは我とやどせる秋の夜の月
君がりと浮きぬる心迷ふらむ雲はいくへぞ空の通ひ路
新古今集・恋
いつもきく物のとや人の思ふらむ来ぬ夕暮の松風のこゑ
深き夜の軒の雫を數へても猶あまりある袖の雨かな
しのびかね心のそらに立つけぶり見せばや富士の峰にまがへて
すゑのまつ待つ夜いくたび過ぎぬらむ山越す波を袖ににまかせて