与謝の海の沖つしほかぜ浦に吹けまつなりけりと人にきかせむ
吉野川はやき流れを堰く岩のつれなきなかに身を砕くらむ
ふるさとに見しおもかげも宿りけり不破の関屋の板間もる月
恋ひわたる夜半のさむしろ波かけてかくや待ちけむ宇治の橋姫
人まちし庭の浅茅生しげりあひて心にならす道芝の露
新古今集・恋
おもひかねうち寝る宵もありなまし吹きだにすさべ庭の松風
時しもあれ空飛ぶ鳥のひとこゑも思ふ方より来てや鳴くらむ
この頃の心の底をよそに見ば鹿啼く野邊の秋の夕暮
つらからむなかこそあらめ荻原や下まつむしの聲をだにとへ
笛竹の聲のかぎりを盡しても猶うきふしや世々に残らむ
君ゆゑも悲しきことの音はたてつ子を思ふ鶴に通ふのみかは
増鏡うつしかへけむ姿ゆゑ影たえはてし契りをぞ知る
うちとけて誰に衣を重ぬらむまろがまろねも夜深きものを
ひとまつと荒れ行く閨のさむしろに拂はぬ塵を拂ふ秋風
誰となく寄せては返へる波まくら浮きたる舟の跡もとどめず
ひとよのみ宿かる人の契りとて露むすびおく草枕かな
続後撰集・恋
しほかせの吹きこすあまの苫ひさし下に思ひのくゆるころかな
恋路をば風やは通ふ朝夕に谷の柴舟ゆきかへれども
年ふかき入江の秋の月みても別れ惜しまぬ人や悲しき