和歌と俳句

藤原良経

すみはてて 人は跡なき 岩の戸に 今も松風 庭はらふなり

露しぐれ 袖にもらすな 三笠山 雲ふきはらへ 峰の松風

うたたねの はかなき夢の うちにだに 千々の思ひの ありけるものを

まことにも 世のことわりを しる人は こともおろかに いとふべきかは

よのうきは 人の心の うきぞかし ひとりをすまむ みやこなりとも

淵も瀬も ひまなくかはる 飛鳥川 人の心の 水や流るる

払はでや 軒端の草に まかせまし ふるきをしのぶ 心しげりて

そめおきし うきよの色を すてやらで なほ花おもふ み吉野の山

つぼむより 散るべき色の ものなれや あらしに花は やどるなりけり

をりをりの 心にそめて 年もへぬ 秋ごとの月 春ごとの花

ながき夜の ふけゆく月を ながめても ちかづく闇を しる人ぞなき

照らすらむ 月日の光 曇らずば 空たのみて よをや過ぎまし

あきのとき すててし谷の 埋もれ木を うれしくも訪ふ 松の風かな

君をとふ かひなきころの 松の風 われしも花を よそにきくかな

世の中に 思ひつらぬる 枕には 涙のたまの せく方ぞなき

いたづらに よもぎが露と 身をなして 消えなむ後の 名こそをしけれ

世の中は なほたちめぐる 袖だにも 思ひいるれば 露ぞこぼるる

君ももし よもぎが露と 身をなさば やがてや消えむ 法のともし火

西おもふ 心ありてぞ 津の國の 難波わたりは 見るべかりける

春霞 東よりこそ 立ちにけれ 浅間の嶽は 雪げながらに

まつたてる 与謝のみなとの 夕涼み 今も吹かなむ 沖つしほ風

荻原や よはに秋風 つゆふけば あらぬ玉ちる 床のさむしろ

山里は まきの葉しのぎ 霰ふり せきいれし水の おとづれもせぬ

忘れなむ なかなかまたじ まつとても いでにしあとは 庭のよもぎふ

夢にだに あふ夜まれなる みやこ人 ねられぬ月に 遠ざかりつつ

天の川 ながれや峰に かよふらむ 白雲おつる 滝のみなかみ

ありあけの 月まつ山の ふもとにて うきよの闇は おもひしりにき

さまざまの 人のおもひの 末やいかに おなじ煙の 空にかすめる

やよや月 こぞまたいさや をととしも こよひの空は かき曇りしを

いかなれば はれゆく空の 月みえて わが心のみ 雲かかるらむ

みとせまで 曇りし月も はれぬれば なほ光そふ 空を待つかな

こよひとて はれゆく月の かひぞなき 君が心の 雲隠れせば

家をいでて 今はうれしき みちしばに よそには露の なほやおくらむ

入る人の しるべよそなる 心より まことの道に 葛の裏風

よそにして ぬらす袖こそ はかなけれ これぞまことの みちしばの露

しるべせぬ そのよの道の ゆくすゑに 猶たちかへれ 葛の裏風

住吉の 神山ごとに 言の葉を 君につたへし 松風のこゑ

ひとときの 色はみどりに 猶しかじ 立田の紅葉 み吉野の花