日を障ふる松より西の朝すずみここには暮れぞ待たれざりける
奥山に夏をば遠く離れ来て秋の水すむ谷のこゑかな
ひとへなる蝉のはごろも厭ふまでまだき秋ある夏の夜の月
ふるさとの板井の清水としをへて夏のみ人のすみかなるかな
かげ深きそともの楢の夕涼みひと木がもとに秋風ぞ吹く
誰が宿に深きあはれを知りぬらむ千里はおなじ霧のうちにて
あとたえてもとより深き山里の霧にしづめる秋の夕暮
秋のきり冬のけぶりとなりにけりまだ炭焼かぬ大原の里
おとづれし木の葉散りぬる果てはまた霧のまがきを拂ふ山風
むかしより白き衣を打つなれど聲には色のありけるものを
山がつの谷のすみかに日は暮れて雲の底より衣打つなり
衣打つ折しもつらき鐘の音のまぎるる方とならぬものゆゑ
夜もすがら月にして打つ唐ごろも空まですめる槌の音かな
槌のおとは峰のあらしに響き来て松のこずゑも衣打つなり
野か山か遙かにとほき鹿のねを秋の寝覚めに聞き明かしつつ
露ふかき籬の野邊をかき分けて我に宿かるさを鹿のこゑ
紅葉ふく嵐につけて聞こゆなり林の奥のさを鹿のこゑ
稲葉ふく門田の風に埋もれてほのかに鹿のこゑたぐふなり
秋の夜は小野のしのはら風さえて月影わたるさを鹿のこゑ